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ピウス(7世)(ぴうす)

ローマ教皇(在位1800~23)。イタリア人。前名ルイジ?バルナバ?キアラモンティLuigi Barnaba Chiaramonti。ベネディクト会士。チボリとイモラの司教を歴任。1800年にベネチアで教皇に選挙された。01年にナポレオンと政教協約(コンコルダート)を結んだ。その結果、革命後のフランスにカトリック教が復興した。04年パリにおけるナポレオンの皇帝戴冠(たいかん)式に出席した。08年フランス軍がローマに入り、翌年教皇領がフランス帝国に併合されると、ピウス7世はナポレオン1世を破門した。そのため逮捕されて、グルノーブル、サボナ、ついでフォンテンブローに投獄され、「フォンテンブローの政教協約」とよばれるガリカニズム(フランス国自宅教会主義)的な協約に調印させられた。だが彼はその後まうじき、暴力のもとで一番理強いされたとして協約を撤回した。ナポレオン1世の没落後、ローマに帰還し(1814)、イエズス会を再建した。ウィーン会議で、枢機卿(すうききょう)コンサルビErcole Consalvi(1757―1824)の働きにより、教皇領を回復することができた。


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