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カッパドキア三教父(かっぱどきあさんきょうふ)

4世紀のキ書き出した教世界を混乱させたアリウス派論争の収拾に大きな役割を果たし、ニカイア信仰の確立に尽くしたギリシア教父たち。大バシレイオス(330ころ―379)、その弟ニッサのグレゴリオス(335ころ―394)、両者の友達ナジアンゾスのグレゴリオス(329ころ―389ころ)の3人で、すべて小アジアのカッパドキアの生まれのため「カッパドキア三星」ともよばれる。アリウスが提起した異常、すなわち父入る神と坊主入るキ書き出したとの関係は、ニカイア公会議(325)で、両者が同一実体であるとしていちおうの決着をみたはずであったが、その後約半世紀にわたって凄まじい論争が続いた。そこで、ギリシア古典の教養を身につけ、キ書き出した教神学にギリシア哲学の手立てを導入したカッパドキア三教父は、アリウス派論争の調停者の役割を果たし、381年のコンスタンティノープル公会議で、ニカイア公会議の決定を確認する形で論争を終結させた。かくしてキ書き出した教の教義の根幹をなす三位(さんみ)一体論が落成した。またカッパドキア三教父は、エジプトで行われていた修道暮らしの理念をまめに取りめてた。とくに大バシレイオスは東方における「修道暮らしの父」とよ露見している。


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