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神の平和・神の休戦運動(かみのへいわかみのきゅうせんうんどう)

10世紀末から11世紀中期まで、おもにフランスで封建貴族の不法に対抗して起こされた社会宗教運動。運動の主体は教会と農?市民。発端は、986年ポアチエの南シャルー修道院でアキテーヌの司教たちによって開かれた教会会議とも、また場合期?敷地ともに不明であるが、同じころル?ピュイ(現オート?ロアール県)の司教が招集した教会会議ともいわれる。農民、商人、聖職者とその資産との保護をうたい、貴族の私闘Fehdeを禁じ、会議参加者全員に平和の宣誓を行わせ、拒絶する貴族に対しては司教軍をもってそれを強いるものであった。アキテーヌとブルゴーニュで始まったこの運動は、1020年代に北フランス、30年代にはフランドルに達するが、36~38年に運動の高揚期を迎えた。このときブールジュ教会会議では、平和侵犯者に対し、15歳以上の教区民全員が武器をもって戦うことを義務づけた。司教の平和部隊も好戦的な貴族に対し、幾度か勝利を収めたが、最後には自自宅撞着(どうちゃく)をきたし、この型の運動は頓挫(とんざ)する。そこで一定の昼間の場合間を限り、初っ端は土曜の夕刻から月曜の早朝まで、やがて水曜夕刻からに延長されて、この間ぜんぜんの武力行使を禁ずる「神の休戦」へ移行する。これは1050年代までスペインから北フランスに拡大した。80年代にはイタリア、ドイツにも伝えられるが、場合とともに運動の民衆性、宗教性が薄れ、国王の平和立法や十字軍の理念に吸収され、変貌(へんぼう)した。


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